シスターの物語

シスターの物語 ③

 ハレルヤ!主はまことに復活されました ハレルヤ!

 主のご復活、おめでとうございます。

 今日、私たちはシスタークリステラ渡邉 洋の命日を迎え、シスターの召命と奉仕の歩みを心から偲びます。

 私、シスタークリステラ渡邉 洋は194462日新潟市に生まれました。わが家は典型的な日本の家庭で、神棚もあり、仏壇もあり、私の生まれる前の年、1歳で亡くなった兄の命日、後に父の命日にはお坊さんが来られ「お経」をあげていました。毎日、仏壇と神棚には御飯と水が供えられていました。

 家の周りには、キリスト教徒は誰もいませんでした。小学校の23年生頃、近所にカトリックの家族(母親と二人の娘)が引っ越してこられた。その人たちの行く教会に私もよくついていきました。時に教会に行かなくなったりもしましたが、中学生のころからまたよく教会へいくようになり、高校に入り、要理の勉強を始め、1961年高校2年生になる時の復活前夜祭(41日)に、小教区主任司祭であった神言会の神父様に洗礼を授けて頂きました。洗礼を受けるために親の許可が必要と言われ、母に話すと、「本間さん(近所のカトリックの家族)がいい人だからキリスト教はよい宗教に違いない」、と言って許してくれました。信仰生活の一つの証だと思い、この家族に今も感謝しています。

 高等学校を卒業して看護学校に進んだ私は、学業以外の多くの時間を教会での活動に充てていました。当時、第二バチカン公会議直後か、まだ行われていたころで、教会憲章や、典礼憲章などを学びましたし、他の活動、例えば、日曜日自分たちは朝早いミサにあずかって、9時のミサの間に小さい子供の世話をすることや、ミサ後には、小学生たちのための日曜学校で教えたり遊んだりしました。午後には、体の不自由な人の家を訪問し、お掃除をしたりしました。このグループで、いつも午後10時にどこにいても、心を合わせて祈ることにしていました。この祈りは、私たちを結ぶ強い絆となりました。

 看護学校学生の時、カトリックの女性として、結婚か、修道者か、または生涯職業に生きるか将来について、どう考えるべきかとても悩みました。その時の結論は、「日本中に数ある病院の中で、シスターが経営する病院に勤めることがあれば、それは私に修道者への召命があるしるしだ」と言うものであり、その結論を得て、私はホッとして、学業に、実習に励み、遊ぶことにも一生懸命でした。

  看護学校を卒業して、新潟大学の脳神経外科の看護婦として就職しました。ある時、京都へ来たついでに姫路の聖マリア病院へ寄って、見学させていただきました。その時案内してくださった総婦長のシスターが、そのあとポツリポツリと便りをくださり、だんだんその病院で働いてみたい、という気持ちが強くなり、大学病院で3年間働いた後、姫路の聖マリア病院へ就職しました。同じころ、入会希望者が寮に住んでいました。学生の時の結論を覆すものは何もなかったので、私も入会を申し込み、1969年9月入会が許されました。丁度50年前のことです。

 修練院では多くのことを学びましたが、師父聖フランシスコについてあまり知らずに入会したことに気づきました。今は、フランシスカンであることを幸せと思っています。また創立者クリストフ・ベレンスマイヤー神父様についても学びました。その中で、創立者の帰天日が私の誕生日と同じ日であることを知った時から、もし修道名を頂けるなら、シスタークリストファにして頂こうと思っていました。しかし当時は、誓願宣立は洗礼による奉献を深めるものだから新しい名前をつけることは必要ではないとされていました。修道名を頂きたいとの希望が強くあり、数年後に私たちは修道名を頂けることになりました。私はシスタークリストファという名前を希望しましたが、クリストファーの女性形としてシスタークリステラという名前が与えられました。

 修道会の中で、私は看護師として、病棟責任者として奉仕しました。終生誓願宣立後、大学で経営学を学ぶ機会が与えられ、また、病院管理について学ぶコースにも参加しました。その後、総婦長として、また病院長として本会の病院で奉仕しました。日本管区の中では、管区顧問として、また管区長として奉仕しました。

 2000年から2012年まで、本会の総本部で総顧問として奉仕しました。この間に出会い、共に働いた国際修道会の姉妹たちとの様々な機会での体験を通して、とても豊かにされました。

 2018年の総会の折に、再び総指導部の候補者として推薦されたことを受け入れるかどうか尋ねられました。私は毎朝、「・・・・神の国への奉仕のために、私自身を余すところなくお捧げいたします」と個人的に誓願を更新していますので、「ノー」と言えませんでした。その結果、私は副総長として修道会全体に奉仕しました。

 私の好きな聖書の箇所の一つに、イエスがマグダラのマリアを「マリア」と呼ぶところがあります。自分の名前を呼ばれて、マグダラのマリアは誰が呼んでいたのかに気づき、またイエスとのかかわりをすべて思い起こします。イエスは私たちの名前も呼んでおられます。私は出会った人の名前を憶えていたいと思っています。名前を覚えることによってその人への敬意、愛、関心をもって接しました。

Contact

その一歩が、
あなたの新しい
旅になる

シスターとしての生き方に少しでも心が動いたなら、
それは大切な“しるし”かもしれません。
見学やお話の機会もご用意しています。
まずは、あなたの声を聞かせてください。

関連施設

  • https://generalat-hsosf.de/en/
    /

    聖フランシスコ
    病院修道女会 総本部

  • /

    姫路聖マリア病院

  • /

    介護老人保健施設
    マリアヴィラ

  • /

    重度障害総合支援
    センター
    ルルド

Top